嗅覚鈍麻(嗅覚の低下)よりも深刻で、匂いをほとんど感じられなくなった状態のことを無嗅覚症(嗅覚消失症)と言います。 「無嗅覚症」は幅広い範囲を指す言葉で、匂いを感じなくなった理由がどのようなものかは問いません。 例えば風邪による鼻づまりも無嗅覚症の1つです。
無嗅覚症は生じてからもしばらく自覚が無いことがあります。 例えば、新しい香水を試したのがきっかけで「そういえば数週間も匂いを感じていなかった」と自分が無嗅覚症であることに気付くわけです。
「嗅覚と味覚を感じ取れない」と思う場合も、実は嗅覚だけが失われているのかもしれません。 味覚として感じている情報の70~75%が実は嗅覚で感知している情報であるため、嗅覚が失われただけで匂いだけでなく味までも感じ取れないように思うのです。
無嗅覚症の原因として最も一般的なのが風邪などに起因する鼻粘膜の異常です。 風邪以外では、インフルエンザ・急性副鼻腔炎(鼻の感染症)・アレルギー性鼻炎(花粉症など)・非アレルギー性鼻炎などが鼻粘膜に異常が生じる原因となります。
これらの原因により鼻粘膜に炎症が生じたり鼻粘膜が破壊されうために嗅覚が損なわれます。非アレルギー性鼻炎とはアレルギーが原因ではない鼻炎のことです。 非アレルギー性鼻炎の原因は、①スモッグ・煙・香料などの化学物質、②温度や湿度の変化、③香辛料やアルコールによる刺激、④薬物、⑤避妊薬の服用/妊娠/生理周期によるホルモンの変化、⑥心理ストレスなどです。
- 鼻腔内の骨の形状に異常がある。
- 鼻腔にポリープが生じている。
- 鼻腔に悪性の腫瘍が生じている。
鼻腔のポリープ(鼻ポリープ)は喘息・感染症・アレルギー・薬物などによる慢性炎症が原因で生じます。 鼻ポリープでは嗅覚の喪失以外に、鼻水・鼻が詰まった感じ・顔や額に感じる圧迫感・顔/頭/歯の痛み・目の周辺の痒み・いびきなどの症状が表れることがあります。
匂いを感じるのは、鼻粘膜に存在する嗅覚受容体が感知した情報が神経を通って脳に伝わり、その情報が脳の領域のうち嗅覚を担当する部分で適正に処理されるためです。 したがって、嗅覚受容体から脳に至るまでの嗅覚神経系のどこかに異常があると嗅覚に異常が生じることがあります。
嗅覚神経系を損なう原因には次のようなものがあります:- アルツハイマー病・パーキンソン病・ハンチントン病・癲癇など脳神経に異常が生じる病気
- 多発性硬化症・多系統萎縮症などのように神経系に異常が生じる病気
- 脳に生じた外傷・脳動脈瘤・脳卒中・脳腫瘍など
- 栄養不足。 特に亜鉛やビタミンB12
- 高血糖
- 降圧剤などの薬物
- 頚部や頭部に対して行われる放射線治療
- 殺虫剤や溶剤などの化学物質
嗅覚の喪失が片方の鼻腔にのみ生じることもあり、そういう場合には嗅覚喪失症の存在に気付かないこともあります。 軽度の頭部外傷による嗅覚喪失症は片方の鼻腔にのみ生じることが多いほか、アルツハイマー病患者では左の鼻腔でのみ嗅覚が損なわれるという話もあります。
嗅覚神経系は加齢によって衰えます。 正常な老化のプロセスとして視覚や聴覚が衰えるのと同様に嗅覚も衰えるわけです。
加齢により嗅覚が衰える理由は、感染症や化学物質の刺激による鼻粘膜の経年劣化・篩骨(鼻の奥にある骨)の穴の石灰化・匂いを感じる細胞の機能低下・神経系の変質などです。
2014年に発表されたペンシルバニア大学の研究によると、嗅覚は40才頃に最も鋭敏で、それ以降は衰え始めます。 60才を過ぎると衰え方が激しくなり、65~80才では60%の人に重大な嗅覚障害が見られます。 嗅覚障害を持つ人の割合は、80才を過ぎると80%を超えます。
嗅覚の衰えは女性よりも男性で、そして非喫煙者よりも喫煙者で顕著です。