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他人の糞便を腸内に注入して C. difficile 感染症を治療

(2013年1月) "New England Journal of Medicine" に掲載されたオランダの研究により、胃腸の感染症の治療薬として人糞を用いるという治療法の効果が確認されました。

人糞を用いると言っても人糞を服用するのではなく、ドナー(提供者)に提供してもらった大便を食塩水に混ぜて、チューブで患者の腸内に送り込みます。 健康な人の豊富で多様な腸内細菌を数日間にわたって患者の腸内に送り込み、抗生物質の効かない頑固な病原菌を退治するのです。

C. difficile 菌について

その頑固な病原菌は Clostridium difficile(C. difficile)という名前で、重度の下痢・腹部の痛み・吐き気・嘔吐などの症状が出ます。

C. difficile は誰の腸内にも少しは存在する菌ですが、腸内細菌叢が不健全な状態にあるときに増殖するため、C. difficile 感染症は高齢者や抗生物質を服用している人に多く見られます。

抗生物質を服用している人に発症することが多いだけに抗生物質が効かないケースが多く(もはや耐性菌ですね)、抗生物質を何ヶ月にもわたって服用しても C. difficile に対抗してくれるはずの有益な菌が大量に減るだけです。

米国において C. difficile は、感染症による下痢による入院の原因としてトップであり、C. difficile が関与する死者数は毎年1万4千人に及びます。

糞便移植について

大便の提供者となるのは家族であるのが普通ですが、それは単に心理的な理由でしかなく血縁関係や同じ食事をしていることが重要なわけではありません。 匿名のドナーが提供するモノを使用することもあります。 ドナーの条件として年齢は問いませんが、感染症にかかっていたり、寄生虫がいる人はドナーとして不適格です。 また、ドナーには血液検査をしてもらう必要があります。

食塩水に混ぜた大便を腸内に送り込む(fecal transplantation。 以下、"糞便移植")には、3つの方法が用いられます。 ①結腸内視鏡を用いて送り込む、②経鼻十二指腸チューブを用いて、鼻の穴から入れたチューブを胃を経由して十二指腸まで通し、そのチューブにより送り込む、③浣腸。

糞便移植の歴史は意外と古く、1958年にまで遡りますが、この研究以前の時点では糞便移植の有効性は、無作為対比試験で確認されていませんでした。 それでも現時点で、米国ではこの治療を行っている病院が50ほどあり、①の方法が最も多く用いられています。

ヒトの排泄物を利用する糞便移植は費用がかからなさそうに思いますが、そうでもありません。 ドナーの選出には医師による検査が不可欠ですし、結腸内視鏡による糞便移植は平均的な結腸内視鏡術よりも時間も費用もかかります。

研究者によると糞便移植は、「想像しうる限りで最も強力なプロバイオティクス」だそうです。 (C. difficile に汚染された)不健全な腸内環境に、健全なフローラ(細菌叢)を導入することになるなのだそうです。

糞便移植は、C. difficile だけでなく、炎症性腸疾患(IBD)や、肥満などの代謝異常、過敏性腸症候群(IBS)などの患者の治療にも有効である可能性があります。

研究の詳細

アムステルダムで行われた今回の研究では、C. difficile の再発に悩まされている患者43人を次の3つのグループに分けて比較しました: ①バンコマイシン(抗生物質)と結腸洗浄の後に糞便移植を受けたグループ、②バンコマイシンだけのグループ、③バンコマイシンと腸内洗浄のグループ。

その結果、下痢がすぐに治ったのは、①のグループでは16人中13人、これに対して、②のグループでは13人中4人、③のグループでは14人中3人でした。

さらに、抗生物質による治療の後に C. difficile が再発した患者たちに糞便移植を行ったところ、18人中15人が治りました。 15人のうち11人は一度の糞便移植で治りました。

潰瘍性大腸炎での臨床試験も

Spectrum Health という米国の医療NPOが行った臨床試験で、糞便注入法が炎症性大腸疾患(IBD)の一種である潰瘍性大腸炎にも有効であるという結果が出ています。 この臨床試験は7~20歳の子供や若者10人を被験者として行われました。

糞便移植を行ってから一週間以内に被験者の78%に臨床反応(小児潰瘍性大腸炎活性指数のスコアが15点減少)が見られ、67%が一ヵ月後の時点でもその状態を保っていました。 さらに、被験者の33%で、糞便注入後に潰瘍性大腸炎の症状が消滅しました。 糞便注入による深刻な副作用は見られませんでしたが、浣腸した糞便を腸内に留めておくことの出来ない被験者が1人いました。
もっと洗練された技術も
RePOOPulate

上記の「糞便移植」では、本物の糞便というか糞便そのものを用いますが、腸内細菌を培養して作られた人工の糞便を C. difficile 感染症の治療に用いるという技術も開発されています。

「RePOOPulate」と名付けられたこの人工の糞便(というより「人工の腸内細菌叢」と言うべきでしょうか)はカナダの大学が開発中のもので、糞便そのものを使用する糞便移植よりも安全性において優れているうえに、糞便のドナーを探す必要もありません。

この RePOOPulate を実験で、慢性的な C. difficile 感染症に悩む70代の女性二人に移植したところ、どちらの女性も移植後の三日間で C. difficile 感染症の症状が消え去りました。 そして半年後の検査でも、C. difficile は陰性でした。

どちらの女性でも RePOOPulate に含まれる腸内細菌の一部が胃腸管に定着していましたが、研究者によるとこれは重要なポイントです: 「市販のプロバイオティクスは、ほとんど腸内に定着しません」

こちらの RePOOPulate も糞便移植と同様に、IBD などの胃腸疾患への利用も期待されています。

"RePOOPulate" という名称は多分、健全な腸内細菌を repopulate(再定着)させるというのと、ウンチ(poop)というのをかけているんでしょうね。

カプセルに入れて頂く

2013年10月には、大便から作られたカプセル剤で しつこく再発を繰り返す C. difficile 感染症の治療に成功したというニュースが報じられています。 このカプセルは、RePOOPulate よりさらに一歩、生の材料から離れた感じですね。

冷凍保存

2014年4月には、選りすぐりの健康者に提供してもらった糞便サンプルを精製・希釈して出来上がったモノを冷凍保存しておき、それを血縁関係の無い C. difficile 感染症患者に投与して治療に成功したという米国の研究が "Clinical Infectious Diseases" 誌に発表されています。 一度の投与で20人中14人の C. difficile 感染症が治りました。 2回の投与で治った人も含めると、90%の治癒率でした。

糞便サンプルの提供者には、提供の数日前から卵やナッツ類など一般的なアレルギーの原因となる食品を控えてもらいました。

この研究のポイントは、①冷凍保存した腸内細菌を、②腸内細菌提供者と無関係の他人に投与しても治療効果があったという点でしょう。

"JAMA"(2016年1月)に掲載されたマックマスター大学の研究では、生の糞便サンプルでも冷凍の糞便サンプルでも C. difficile による下痢の治療において効果および副作用に差が無いという結果になっています。 被験者数は219人、糞便サンプルの投与方法は浣腸、試験期間は13週間でした。

糞便バンク

2015年には米国で、糞便サンプルを補完しておくための糞便バンクが2つオープンしています。 2016年にはオランダでも糞便バンクが1つオープンしました。 糞便バンクには、糞便を加工処理したのちのものが保存されます。

糞便提供者(ドナー)となるための条件は太り過ぎであったり痩せ過ぎであったりしないことと、腸内細菌のバランスが良好であることです。 糞便の採取はドナーの自宅で行われ、ドナーの身元が明かされることはありません。

米国の糞便バンクは糞便サンプルの提供者に報酬が支払われますが、オランダの糞便バンクでは支払われません。