保険会社が保険料設定目的で個人の遺伝子情報を入手することの是非

(2014年11月) "Journal of the American Medical Association" に掲載された論文において、コロンビア大学の研究グループが、保険会社が保険料を設定することを目的として個人の遺伝子情報を入手することの是非を議論しています。

遺伝子情報はガンなどの病気になるリスクや、認知症などになって介護が必要となるリスク、死亡リスクを知る上で重要なので、遺伝子的にそのようなリスクが高い人には保険料を高く設定する、あるいは保険加入を拒否するというわけです。

したがって保険会社は今後、これから保険を契約しようとする個人に対して、その人が過去に受けた遺伝子検査の結果の提出(あるいは遺伝子検査を受けること)を求めるようになると考えられます。

米国では 2008年に作られた "Genetic Information Nondiscrimination Act(遺伝子情報に基づく差別を禁止する法律)" により、健康保険の保険料設定において加入者の遺伝子情報を考慮することが禁止されていますが、ごく一部の州を除いて生命保険・障害保険・介護保険はこの法律の適用範囲外です。

遺伝子検査を受ける人が減るのは好ましくない
自分の遺伝子情報を知っておくのは有益です。 自分がかかりやすい病気のリスクを把握して、それを予防するための努力(生活習慣や環境を改善するとか、予防的に薬を服用するなど)をするうえで遺伝子情報が参考になるためです。

したがって、保険会社に利用されることを恐れるために、遺伝子検査を受ける人が減るというのは社会的に好ましくありません。 国民が健康を維持する機会を逃すことになるからです。

保険会社に遺伝子情報の入手を禁じた場合の問題
その一方で少なくとも現在のところは、遺伝子検査を受ける人の多くが(家族歴などを根拠として)早死にや要介護のリスクをそもそも危惧しているために遺伝子検査を受けます。 そして、検査の結果リスクの存在が確認された高リスクの人が平均以上の比率で保険に加入するわけですから必然的に、保険加入者全体に高リスク者が占める比率が高くなります。

このような状況で保険会社による遺伝子情報の入手を禁止してしまうとどうなるでしょうか? 保険会社としては、保険加入者全体の保険料をまんべんなく値上げすることになります。 つまり、平均的なリスクしか持たない保険加入者が、高リスク加入者が負担しなかった高リスク分のコストのしわ寄せを負担することになるわけです(それでも良いと考える人も少なくないと思いますが)。

解決策?
研究グループは、この矛盾を解決するための方策の1つとして、保険会社が加入者に遺伝子情報の開示を求められる保険範囲に下限を設定することを提案しています。 つまり、一定金額以下の保険については保険会社による遺伝子情報の入手を禁止し、その金額を超える範囲の保険については認めるという方式です。

保険会社 vs. 保険加入者ではない
加入希望者の遺伝子情報の入手を認めるか禁止するかというのは、保険会社 vs. 加入者の対立ではないということですね。 利害の対立は、高リスク加入者と普通リスク加入者の間で生じる。

研究グループが提唱する方式でも一定金額以下の保険の範囲においては高リスク加入者が負担しなかった分のしわ寄せが他の加入者に行きますから、この方式は高リスク加入者と普通リスク加入者の中間的な立場に立つ解決策だということなのかもしれません。

上述の "Genetic Information Nondiscrimination Act" や、生命保険などについても遺伝子情報の入手を禁止する米国の一部の州の方針は「遺伝子的に高リスクな不幸な加入者のコストは全員で分担すべきだ」というポリシーに基づいているのでしょうか。