「糖尿病前症」という分類で得をするのは製薬会社だけ

(2014年7月) "British Medical Journal" に掲載された University College London と Mayo Clinic の研究によると、血糖値がそこそこ高い人を「糖尿病前症」として分類することに医学的なメリットは無く、金銭的および社会的なコストが増加する原因となるだけです。

この研究では、糖尿病前症と診断することが糖尿病予防率の改善などのメリットにつながるかどうかを検討し、(糖尿病前症と診断したうえで)血糖値を下げるための治療を行なっても2型糖尿病の発症を2~3年遅らせるだけで、長期的なベネフィット(有益性)は無いという結論に達しました。

2型糖尿病の診断は血液検査により「ヘモグロビンA1c」という血糖値の指標を測定します(A1c では過去3ヶ月間の平均血糖値がわかります)。 A1c が6.5%を超えると糖尿病と診断されますが、米国糖尿病学会(ADA)による最新のガイドラインでは、A1c が5.7~6.4%の人を糖尿病前症として位置づけています。

ADA のガイドラインを全世界に適用するならば、英国の成人の1/3、そして中国の成人の半分超が糖尿病前症だということになります。

今回の研究は、このように大きな割合を占める層に「糖尿病前症」という病気のレッテルを貼ることに疑義を唱えるものです。 「糖尿病前症」という病気を作り出すことによって、患者本人にはメリットが無いのに医療システムには大きな負担がかかるのではないかと云うのです。

過去の研究では、A1c の値が6.4%未満どころか6.5%前後の人であっても、2型糖尿病の治療によるメリットよりもデメリットのほうが多い可能性が示されています。

英国では現在320万人の人が2型糖尿病と診断されていますが、これが糖尿病前症となると1600万人にまで膨れ上がると推測されます。 1600万人のうちの370万人は耐糖能障害(IGT)のある人であり、IGT から糖尿病への進行を遅延するうえでは介入(治療)が有効であるというエビデンス(科学的な証拠)があります。 しかし、残りの1200万人ほどについては、糖尿病前症から糖尿病へと進行するリスクは IGT の場合に比べて随分と低く、治療が有益となるかどうかはわかっていません。

世界保健機構(WHO)では、「糖尿病前症」という分類の使用を推奨していません。 「糖尿病」という言葉に付きまとうネガティブなイメージを避けるため、そして、糖尿病前症の人の多くが糖尿病にはならないためです。 英国の National Institute for Health and Care Excellence(NICE)も同じような立場を取っています。

つまり 「糖尿病前症」という言葉を使おうとしている公的機関は ADA だけだといっても過言ではありません。 ところが、科学的な文献では世界的に、「糖尿病前症」という言葉が用いられるようになっています。 A1c には人種的な違いもあるため、地域や国によっては「糖尿病前症」というカテゴリーの有効性がさらに損なわれることにもなりかねません。

University College London の研究者は次のように述べています:

「『糖尿病前症』というのは、臨床的な関連性とはほぼ無縁に作られた恣意的な分類です。 糖尿病前症の人が糖尿病を発症する前から糖尿病治療薬を投与することのベネフィットは実証されていません。 糖尿病前症の人の多くは糖尿病にならないのです」

「成人人口の1/3や1/2にも達するほどに多数の人に病人のレッテルを貼るのは合理的ではありません。 糖尿病前症には、医薬品的なアプローチではなく食事や運動などの生活習慣の改善によって対処すべきなのです」


これまでに、IGT の人にメトホルミンという血糖値を下げる薬を投与するという研究が複数行われています。 メトホルミンの投与により2.8年間という期間において糖尿病を発症するリスクが31%低下しましたが、この結果は、メトホルミンによって糖尿病の発症が完全に抑止されたと見るよりは、メトホルミンで糖尿病の発症が遅れただけだと見るべきだと思われますが、いずれにせよ、糖尿病を発症する人はメトホルミンを服用していても発症するケースが少なくありませんし、メトホルミン療法を早期に開始することによる長期的なベネフィットのエビデンスも存在しません。

「ADA は糖尿病前症をメトホルミンで治療することを推奨していますが、糖尿病前症の人の大部分にとってはベネフィットが全く無いはずです。 『糖尿病前症』というレッテルを貼ってメトホルミンのような薬を投与するのは、金銭的・社会的・感情的な負担を伴います。 それだけでなく、『糖尿病前症』用の治療薬として新しくもっと高価な薬が現在模索されている有様です。

『糖尿病前症』というカテゴリーを作ることによって誰がいちばん得をするかと言えば製薬会社です。 成人人口の1/3や1/2にも相当するような膨大な層に市場が一気に広がるわけですから」


Mayo Clinic の研究者は次のように述べています:

「糖尿病の治療にも予防にも、食事と運動という生活習慣を改善するのが、やはり一番です。 薬とちがって、生活習慣の改善は生活の他の面にも信じられないほど良い影響をもたらしてくれます。 特定の層の人たちに『糖尿病前症』などというレッテルを貼って病人扱いするよりも、公共政策的なアプローチで国民全体の健康を増進する努力を続けてゆく必要があります」