成人の脳にもシマ蚊が媒介するジカ熱にやられかねない領域がある

(2016年10月) シマ蚊が媒介するジカ熱に妊婦が感染すると胎児が小頭症(*)になる恐れがありますが、"Cell Stem Cell" 誌に掲載されたロックフェラー大学などの研究によると、ジカ・ウイルスは胎児だけでなく成人の脳にも影響するかもしれません。
(*) 脳が小さくなり、様々な障害が生じるという病気。
研究の概要
マウス実験でヒトのジカ熱に相当する状態を作為的に作り出したところ、成体のマウスの脳であっても神経前駆細胞に限ればジカ・ウイルスによって乗っ取られることが明らかになりました。 この結果は、(ジカ熱に感染したときに)神経前駆細胞に細胞死が生じ新しく作り出されるニューロンが減ってしまうというデータと合致します。
胎児の場合、ジカ・ウイルスは脳全体に影響して小頭症を引き起こします。
解説
神経前駆細胞

神経前駆細胞とは脳の幹細胞のことです。 胎児の脳の発達のごく初期の段階において、脳は神経前駆細胞のみで構成されています。

健康なヒトにいおいては神経前駆細胞はやがて成熟したニューロンへと変化します(その変化の過程においてジカ・ウイルスへの耐性を獲得するのだと思われます)。

成熟した脳であっても一部の領域(*)では神経前駆細胞が保持されていて、損傷したり失われたりしたニューロンを補充する役割を果たしていますが、これらの領域はジカ・ウイルスに弱いように見受けられます。
(*) マウスで言うと、前脳前部(anterior forebrain)の脳室下領域(subventricular zone)と、海馬の顆粒下領域(subgranular zone)。 学習と記憶にとって重要な領域。
今回の結果の意味

脳が神経前駆細胞ばかりで占められる胎児の場合、ジカ・ウイルスへの感染によって脳が壊滅的なダメージを受けますが、成人の大部分はジカ・ウイルスに感染してもほとんど症状は生じません。 健康な成人にはジカ・ウイルスに対抗するのに十分なだけの免疫機能が備わっているためだと思われます。

しかしながら今回の結果からすると、ジカ・ウイルスへの感染は成人の脳にも微妙な影響を及ぼす可能性があります。 特に、免疫力が弱っている人などでは、ジカ・ウイルスが未知の問題を引き起こす可能性も考えられます。

ジカ熱は小頭症の他に、ギラン・バレー症候群という病気を引き起こすのではないかと疑われていますが、ギラン・バレー症候群が発症するのがジカ熱が治ってからであるため、ジカ熱とギラン・バレー症候群との関係を断定するには至っていません。 ジカ熱がギラン・バレー症候群を引き起こしているとすれば、そのメカニズムには神経前駆細胞が関与している可能性があります。

ギラン・バレー症候群は、免疫系が自分自身の身体の神経系を攻撃するために、筋肉が弱ったり麻痺が生じるたりするという病気です。

脳が変化し続けるにはニューロンの可塑性が必要で、そのためには新しいニューロンが学習・記憶回路に組み込まれる必要があります。 (神経前駆細胞に異常が生じて)このプロセスが欠如すると、認知機能が衰えて鬱病やアルツハイマー病などが生じます。

したがって理屈の上では、ジカ・ウイルスが長期的な記憶力に影響する可能性や、抑鬱を引き起こす可能性も否定できません。 ただ今のところ、ジカ・ウイルスが成体幹細胞に及ぼす長期的な影響を調べる技術が存在しません。

未解決の疑問
今回の研究の結果、次のような疑問が生じています:
  1. ジカ・ウイルスが神経前駆細胞に引き起こしたダメージは、後々にまで影響するようなものか?
  2. そして、そのようなダメージにより学習・記憶能力に支障が生じるか?
  3. それとも、神経前駆細胞はジカ・ウイルスによるダメージから回復するのか?
コメント
研究者は次のように述べています:
「現在のところ、ジカ熱に注意するのは妊婦だけでよいとされていますが、注意が必要なのは妊婦だけに限らないかもしれません」